神の島 琉球RYUKYU

豊かで不思議な沖縄の「今」をお伝えします the journal about rich and mysterious Okinawa today

「もっとも深いところで、すでに受け容れられている」

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        雨の日は毛布が欲しい       タオル屋さんの猫       


先日リック・リンチツ著「あなたも私もいない」を読んでからウツっぽかったので、もしかしたらちょっと慰められるかもしれないと思い、ジェフ・フォスター著「もっとも深いところで、受け容れられている」を読んでみました。

 

ジェフはリックと友人だそうです。「意識しか存在しない」「私はいない」という点では話が合うそうですから、二人の世界観は同じなのですが、ジェフの方が若い分、「私はいない」とはいえ、もう少し夢も希望もあるように説いているようです。

 

真の自由は外側にあるものには依存しない。外側にあるものに依存することから解放されることだ。大丈夫ではない自分を見つめ、受容するときのみ、あなた自身の中に完全な自由と平和を見出せる可能性がある、といいます。

とにかく、「意識」しか存在しないわけですから、どういう自分であろうといいらしいです。つかの間、今ここにそんな役割の「私」が「意識」によって創られているわけですから。

我々は「全体意識」の細胞なのでしょう。細胞はそれぞれの持ち場で独立しているように見えて、実は全体として繋がっている。イメージとしてはそんな感じでしょうか。

だから、どんな自分であろうと関係ないと自暴自棄になるのではなく、自分の持ち場で責任を果たし、そこで細胞として誠実に生き、なおかつ全体を俯瞰して見れる余裕と自由をもってはどうか。とジェフは提案しています。