今週のお題「現時点で今年買ってよかったもの」
買わずに借りて読んだ本だが、三島由紀夫「鏡子の家」は大変面白かった。
年月をかけて書いた長編小説なのに、出版当時の評判は芳しく、著者としては意外だったらしいが。
戦後、民族としての軸を失い、鼻歌を歌いながら坂を転がり堕ちていくような日本人の群像が、芸術的なニヒリズムで描かれている。
いちいち自分にズバリと指摘されているようで痛みいる。
名医に正確な診断を下されてホッと納得したような、「病人の安心感」に似たものを感じる。
「あなたは虜の生き方を選んだんだわ。檻の中へ自分から入ることで、自分が猛獣だといふことを証明しようなんて、あなた以外に思ひつきさうもない考へね。あなたが猛獣だといふことを知っているのは、でも世界中にあなた一人なんだわ」
他人の幻影を尊重すること、これが清一郎の人生訓の最も大切な条文だった。それこそ人生の第一義であり、この世を絶対に不誠実に、絶対に不真面目に生き抜くための、最大の要諦だった。(「鏡子の家」より)
我々は自分が本当は猛獣であることに薄々気づいている。だからこそ、自ら檻に入り、他人が作り上げた幻影に自らを縛り付けているのかもしれない。
今まで彼の小説に出てくる人物は無機質な感じがして、まるでロボット小説を読んでいるようだったのだが、久しぶりに読んだこの小説の登場人物一人ひとりには、それぞれ戦後世代として共感することができる(同情はしないが)。
幾歳月を経て、やっと、彼の小説が読めるようになったのであろうか、と感慨深い。