神の島 琉球RYUKYU

豊かで不思議な沖縄の「今」をお伝えします the journal about rich and mysterious Okinawa today

本を散歩する

今週のお題「わたしの贅沢」

 

伊計島の朝日

散歩は体のためだが、読書は頭の散歩だと思っている。

清々しい朝の散歩は贅沢だが、様々な思考の景色に出会える読書もかなり贅沢なんじゃないだろうか。

本がなければ、人生の味わいの半分以上は失われていると思う。

今は人と会っても本質的な話はしないのが普通(マナー?)であるから、深い核心をつく話ができる本は、一過性の友人より貴重である。

 

2026年10月、AIを使ったサイバー攻撃によりあらゆる企業から個人情報が連日流出していることがニュースになっている。

これまでも情報漏洩はあったが、これほどの規模ではなかったので、あっという間の被害拡大にはなすすべもない。

インターネットを使い始めたときから、こういうリスクはわかっていたはずであるが、まだ大した被害に合わないだろうとタカをくくっていたのである。

 

デヴィッド・アイクはだいぶ前の著書「世界覚醒言論」で次のように忠告していた。

DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集権的に支配するためにインターネットを作り出した、と。

自由な表現手段として売り出し、世界中の人々がオンラインでつながったら、一転してその自由を抑圧し、追跡やプロファイリングなどの手段として維持するという計画である。

その計画の全容を知る操り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるという。規則とか規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、馬鹿は盲従するものだから、だそうだ。

 

まさにその預言通りになってしまった。

こんな世界から脱出する術はあるのだろうか。

インターネットには刺激的で断片的な未確認情報が多い。

やはり、ピンキリだけれど、ある程度信用して共に考えられるのは本である。

ネットに縛られる時代にこそ、自由な読書が馬鹿にならないヒントをくれるかもしれない。

DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。

DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。

DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。

DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。
DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。
DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。

DARPA(米国国防総省防衛高等研究プロジェクト庁)はイルミナティが地球全体を中央集

権的に支配するために必要となる技術を開発する目的で民間の企業を通じて公の舞台に発

表していく。インターネットを作り出したのも
DARPA であり、自由な表現手段として売

り出し、何十億人がオンラインでつながったら、一転して自由を抑圧し、追跡やプロファ

イリングなの手段としてのインターネットは維持するというものだ。計画の全容を知る操

り手が存在するわけではなく、大衆が互いに監視、束縛するように仕向けるのだ。規則と

か規制は、知性ある者にとっては参考にする程度だが、バカは盲従するものだ。

D・アイク「罠」

今週のお題「アニメ」

これもVRかも?

アニメは仮想とわかりやすい。が、この「現実」とされる世界はどうだろう?

そんな疑問を投げかけるデヴィッド・アイク著「罠」を読んだ。

 

次元はそれぞれ異なる周波数帯として存在しているという。

こうした次元は、実際には観察している意識によって作り出される。

だから知覚(の限界)が「次元」という幻想、つまり周波数帯を作り出すのである。

我々が五感に依存する限り、五感によって作られる世界、この周波数帯から抜けられないようである。

 

すべては観察者の知覚次第。自分の次元は、自分が作り出したものなのだという。

「物質」のみを知覚するシミュレーション世界の三次元、そのシミュレーションが投影されるマインド領域の四次元、そして、シミュレーションの外に広がる五次元以上の世界。

どれくらい無限の可能性にアクセスしているかで、その人の世界が決まる。

 

ヴェルナー・ハイゼンベルクは「原子や素粒子自体は、実際は存在しない。ひとつの物や事実としてというより、潜在的可能性の世界を形成しているのだ」と言っている。

五感の限界を疑わず、五感シミュレーションの世界に安住している(閉じ込められている)我々であるが、すっかり罠にはまっているようなのである。

 

五感の罠にはまっていることに気づかずに死ぬと、死んで魂だけになっても、シミュレーション魂世界から抜け出せず、五感の世界で輪廻転生を繰り返すらしい。

霊能者の口寄せも、その霊能者がどの次元にアクセスしているかがポイントだ。

死んでもシミュレーションの世界にいることに気づかないとは、覚醒していないということだから、仏ではなく、単なる魂がさまよっているだけということか。

何とも厄介な罠である。

 

 

 

沖縄の医者事情

今週のお題「歯」

 

猫は自己治癒

沖縄の歯医者はFラン大学歯学部卒ばかりのようで、ホームページで確認しようにも出身大学が不明のことが多い。聞いたことないような大学名で、大丈夫かな?と思うのだが、内地みたいに選べないので、少しでもまともな歯医者を探し出して通うことになる。

那覇で開業する前は埼玉で修業していたという歯医者に定期検診に通っているが、クリーニングからお悩み相談まで歯科衛生士が担当しており、歯医者は出てこない。

適当に衛生士が答え、虫歯が見過ごされたりする。自分の違和感の方を重視し、遠慮しないで歯科医のチェックを食い下がって要求することが必要である。

 

歯医者だけでなく、皮膚科など他の科も医者にかかるのがなんとなく不安である。

たぶんFラン医大卒だろうし(Fランだからと言ってヤブ医者とは限らないし、国立だけど琉球大だって不安である)、どういう医者かわからないからである。かかってみないと何とも言えないし、病院なら担当医にもよる。

 

沖縄に移住したら、まずは医者にかかろうと思わないことである。

もともとこの島では薬草ですべてを治してきたのである。おばあが煎じる薬草の方がよほど信頼できたし、昔はそれで治ってきたのである。治らなくても、天寿と受け入れ、自分の家で穏やかに亡くなった。

が、今では薬草を知るおばあもほとんどいない。

那覇市広報誌を見ても、健康診断やワクチンの勧め満載で「自己診断せず」「とにかく病院へ行け」と税金を使って広告するばかりである。

我々には、自分の体のことをヤブ医者かもしれないやつに診断させない自由があることを忘れないでおきたい。

 

 

 

 

古謝知事誕生の仕組み

今週のお題「祭り」

 

落城

2026年9月、知事選という「祭り」が終わり、沖縄県知事が自民党知事に交代した。

古謝新知事は親が広島から来ており、日本人ハーフである。

参議院選挙に落選してほっとしたのもつかの間、いきなり那覇市の副市長に収まっている。この時から嫌な予感はしていた。

親が沖縄そばの店を営んでいるとか、5人の子を持つ父親とか、愛妻家(というより妻が愛夫家)をアピールし、自民党であることは沖縄ではアレルギー反応の人が多いためほとんどアピールせず、巧妙に親しみやすさを押し付けるチラシを作って撒いていた。

沖縄では違和感を覚えるほど洗練された出来である。相当なプロデューサーが内地からチームとして関わっているのだろうなと確信した。

 

自民党なのに、沖縄の地元テレビ局RBCもOTVも、玉城デ二―と古謝玄太の一騎打ちのように扱い、他の3名の候補者はほとんど無視していたのでびっくりした。と同時に、「こりゃ、古謝を勝たせるシナリオだな」と早々に読めて鼻白んだ。

メディアが推す段階で、もう結果は決まっているからである。メディアは世論の雰囲気作りをし、空気を押し付けるだけである。突然出てきたほとんど無名の古謝がいきなり現職知事を破ったらおかしいから、前もって古謝人気をじわじわと演出するのである。

 

それでも何者かわからない古謝の当選をそれらしく見せるため、もと自民党の下地幹夫の立候補も取りやめさせ、票が古謝に集まるように仕組まれたようである。

下地も何か見返りを約束されたのだろう。あっさりと古謝jの応援に回った。

選挙がおかしくなってるのは、前の国政選挙でもしかり。いつからおかしいのかわからないくらい前から操作されているのだろう。

こんな祭りにつきあうのは馬鹿馬鹿しいものである。溜息。

 

 

久高島がアツい

今週のお題「フルーツ」

カベール岬

9月下旬だが、那覇は連日30度以上の残暑である。

朝晩は若干涼しくなったので、一息つくことはできるのだが・・・まだまだ夏は長い。

今年はキーツマンゴーを食してみた。

マンゴーというと赤い実のアップルマンゴーをイメージするが、キーツマンゴーは緑色である。熟すとやや黄色味を帯びてくるが、全体に緑色なので食べ頃がよくわからない。

香りがして柔らかくなってきたので、冷蔵庫で冷やしていただいたら、酸味が爽やかでコクがあって、美味しい!個人的にはこっちの方が好きかも。

 

シルバーウイークに10年ぶりくらいだが、久高島に出かけた。

神の島と呼ばれる久高島。平和で落ち着いた雰囲気は変わらないが、集落の家屋に新築や工事中が増え、民宿も食事処も観光客も増えていた。

貸自転車も昔は錆びてボロボロだったのに、今は綺麗なぴかぴかの自転車が多数揃っている。砂利道も通行量が増えたせいか、だいぶ凸凹が取れ、歩きやすい。

カベール岬は以前は崖の手前で立ち入り禁止だったが、今は崖下のビーチに出られるようになっている。ミニ辺戸岬の気分である。

 

民宿にはヨガマスターやリトリート客が泊まっており、全員女性であった。日の出と日の入りを眺めに海岸を散歩したときも、出会うのは女性ばかり。一人旅の人も多い様子。女性に人気の島のようである。

そういえば、民宿の主人も女性、向かいの食堂を一人で切り盛りしているのも女性。不思議と旦那さんなど男の影はまったく見えないのであった(どこかにいるのだろうが)。

泊まった翌日は神事に当たり、島の半分はカミンチュさんと未成年の少女らしか立ち入れないということであった。女性が神とされる島なのである。

 

久高島は誰でも移住できるわけではない。島の土地は公的に管理され、島民は土地を借りてそこに家を建てて住んでいるが、基本的に血縁者でないと借りれないらしい。島民はほとんど親戚のようである。

本島でも内地でも外国人移住問題が深刻だが、この島は移住者フリーで、日本人としてもいつも安心して旅することができる。

スーパーもコンビニもないので、そもそも外国人が働く所も必要もない。

こういう場所は今後、本当に貴重になっていくのだろうなあ。

久高島に住めるというのはある種、特権、利権なのではないか。

マッチングアプリのプロフィールに「久高島出身」と書いてあったら、「東大出身」より魅力的かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

日本人というゲーム

今週のお題「思い出のゲーム」

琉球王国の王墓  浦添ようどれ

ゲームにはまる人が多いそうである。

日本人は仕事ジャンキーと言われ、仕事にはまる人が多いようである。

仕事をしている間はそれに真面目に取り組む。台風でも発熱しても電車が動かなくてもとにかく会社に行く。

学校では与えられた課題に真面目に取り組み、卒業したら一心不乱に仕事に取り組む。それが一生涯続けられる。文字通り、人生を捧げる。

会社員時代は与えられた仕事以外、同じ工場で同じものを作り続ける以外、ほとんど何も考えない。政治にも興味はない。家族も二の次。自分は三の次。ひたすら、目の前の仕事をこなす。

こうした熱中能力があるのはアジアのある地域特有なのか、半導体だの車だの作れるのは世界で中国、韓国、日本くらいのようである。

2027年にやっとヨーロッパで初めてドイツで半導体工場が稼働予定らしいが。

 

日本人は政治にも世界支配の知恵にも興味がないからこそ、ひとつの地味な作業をずっと集中して、文句も言わずに続けられるのかもしれない。

美点と欠点は裏表である。

私も毎日繰り返す単純作業が大好きである。何も考えなくてよく、何かをやった気がするから。

まさに日本人ゲームやってるな、と思うこのごろである。

 

人間心理コントロール産業

今週のお題「雨」

何を思ってかイエズス会碑を立ててしまう日本人  長崎うみそら公園

珍しくもなんともない雨であるが、昨今は線状降水帯となって降りやまない雨が凶器となって各地を襲っているという。

普段は普通に、意識されることもなく存在しているものが、意外な威力を持っていたことに気づかされる。

 

英国もそのような国である。

大英帝国時代は植民地を支配していたものの、今は大した産業もないのに、GDPは世界6位をキープしている。昔からの金満国家のイメージが残るため、GDP6位でもあまり違和感は持たない人は多いのではなかろうか。

金融、保険業や高度な付加価値サービス産業が強力なのだそうだが、さらに、国際標準や法的枠組みを決める際のベースは英国基準になることが多く、それがこの国に有利に働くらしい。

世界には200近い国があるのに、なぜ英国が国際社会のスタンダードとして、いとも簡単に認知されてしまうのか。それは「高度な付加価値サービス産業」と関連している。

 

サービス産業とは、つまり人間心理コントロール産業である。

良さげに見えるものを高く売る。その前に、何が良いかという基準を顧客にバレないように押し付ける。

ロイヤルファミリーなどその典型ではないだろうか。由緒正しき伝統として売り出し中だが、実態は他国の植民地支配に乗り出し、戦利品を略奪し、征服した民族を血祭りにあげてきた。大英博物館の展示品が物語っている。

 

1920年にタヴィストック人間関係研究所など設立し、英国は昔から世界中の民族史、民俗学、民俗心理を調査、研究し、いかに全人類を手玉にとり、出し抜いて支配下に置くかという強固な目的に熱心であった。

今でもその伝統芸能は脈々と続き栄えているということである。人類を支配したいというダークエネルギーは内から湧き出すゆえ、石油など外部由来のエネルギーよりずっと強力らしい。

満州など植民地支配に失敗した日本人には絶対に不可能な能力である。

 

 

 

 

 

 

 

10年前の私へ

 

10年後のわたしへ「おたより」を

「10年後のわたし」に手紙を書いて豪華賞品をもらおう!by りっすん by イーアイデム

 

10年後の自分を想像するのは難しい。

今のまま年を取るだけか、少しは知恵を身に着けているか。もっと幸せになっているか、不幸のどん底にいるか。

そこで、10年前の私に「おたより」するとしたら、何て声をかけるだろうかと考えた。

 

2016年。私は東京でお勤めしていた。体力もあり健康で、仕事もプライベートも充実していた。日本も世界も病的ではあったが、今に比べればまだ若干ましで、自分がしっかりしていれば将来の展望も何とか持てるように思えた。

特に差し迫った問題はなく、欠けることのないほぼ満月のような時期であった。

平和というのは貴重だが、空気や水のように当たり前で地味なものである。

だから、そんな恵まれた日々に、ふと物足りなさを感じることもあった。満ちた途端に欠けに向かう月のようなものである。

それこそ、飽くことのないエゴの欲望が目を覚ましたのではないだろうかと、今となっては思う。エゴこそ、欠けたものの象徴なのだから。

 

今、10年前の私にアドバイスするとしたら、

謙虚でありなさい。

自己教育しなさい。

足るを知りなさい。

だろうか。

こんなことを今頃言っている私だが、果たして10年後の私はちゃんとこの自分との約束を守って、何らかの結果を出しているだろうか。

10年前の私は、今となっては別人のように能天気な人に思えるが、10年後の私は、今の私を振り返って、遠い知り合いのように感じるだろうか。

うんと昔の知り合いみたいに懐かしく思い出せるなら、私はうんと遠くへ行っている気がする。

一日一日、ちょっとずつどこかへ遠ざかっている自分。

なんか、今現在の私自身が愛おしくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私というAI

今週のお題「もらってうれしかったプレゼント」

猫の魂にとって、身体はAI?

もうすぐ誕生日である。

私は誕生日に命をもらった。いや、もっと以前に小さな細胞として生きていたかもしれないので、人間としての肉体をもらったという方が正確だろう。

肉体をもらって私は嬉しかったんだろうか。悲しかったんだろうか。

物心ついた頃、覚えている感情は、こんなところに生まれちゃって・・・という激しい後悔であった。「だから来たくなかったんだよ」と思った。

 

醜くはないが大して可愛くもなく、頭は悪くはないがべつに良くもなく、主に敵意と怠惰、嫉妬と無関心の中で育った。

そんな環境を憎みながらも、私自身がその環境と簡単に同化してしまったわけである。

私は敵意と怠惰、嫉妬と無関心そのものであった。だから、やりきれず、悲しかったのだろう。

 

よくよく考えれば・・・私は肉体の方ではなく、魂が主体のはずである。

私という魂にプレゼントされたこの肉体は、AIロボットのようなものなのである。

AIとして、性能が日々成長もすれば、壊れやすく、老朽化もするロボットだ。耐用年数もある。

このAIを最終的にどのように仕上げていくか、どのように健全に導いていくか、幸せに成仏させてやるか、それが一体一体の持ち主に問われている。

AIと同化して一喜一憂している場合ではないのだ。

 

 

 

カフェ愛

今週のお題「夏レシピ」

固めのプリンとチャイ

本部(もとぶ)町でお昼ご飯に「アンドランプ」というカフェに行ってみた。

那覇から本部の高台に移転したそうで、鮮やかなトルコランプが陳列された素敵なお店である。観葉植物も大切に育てられている。

メニューは米粉の豆乳スープ麺、ガパオライスなど。デザートに自家製ケーキやプリン、チャイなどもある。

カフェ巡り、カフェ好きが高じて、自分で店を出してしまったという店主の経緯が、メニューに紹介されていた。

 

好きなもの、愛情を注いだものにはエネルギーが宿る。

愛してやまないお店なんだろうなあと、カフェ愛が伝わってきた。

そして・・・誰かに愛されるより、誰かや何かを愛する人の方がずーっと幸せそうだなあと思った。

 

別に特に愛するものなんてない、なんて人も、自分の生活は愛してるはずである。毎日一緒に暮らす伴侶にいちいち「愛してる」なんて言わないだけ。

毎日当たり前にあるはずの自分の暮らし、それを当然のように疎かに、いい加減に扱っていると、やがて暮らしの方が自分に愛想をつかして見捨てるようになる。のではないだろうか。

 

 

 

「れいわ」の終わり

今週のお題「行ってよかった旅行先」

 

こんなに小さかったかな・・・観光客は増えたけど


先日、本部港近くのゴリラチョップと呼ばれる岩のそばを通りかかったら、以前と比べてミニゴリラになっているような気がした。老けて小さくなったゴリラのようである。

世界線が変わったのかしら!?

 

令和は8年で終わる、という誰かの予言があった。

令和が終わるなら天皇交代しかないと思ったが、なんと山本太郎代表のれいわ新選組が終わってしまったのだった。

困窮する人々や零細業者の救済、持続可能な環境に優しい経済成長、生きているだけで価値ある社会、何度でもやり直せる社会の構築を真摯に訴えてきた。

国民大多数にとって文句ない政策のはずなのに、山本代表が精力的に全国行脚し対話を積み重ねても、被災地へ飛び込んで行っても、協力者や支持者はあまり増えたようには見えなかった。

なぜ、日本で唯一まともと言える政党の支持が、爆発的に広がらないのかずっと不思議であった。

 

ずっと考え続けてきた友人が言った。日本人には「世間」はあっても「社会」という概念はないのだ、と。

自分の家族や身内、友人には当然のように優しく面倒を見るが、よその地域の人、よその会社の人、知らない人、自分に関係ない人には冷たいのだという。

能登や熊本の地震災害も、福島の原発災害も他人事なのだという。だから、避難所が劣悪な環境でも、復興が遅れに遅れていても、当局に全国津々浦々から非難が殺到することもない。他人事だから。

医者もワクチン被害などわかっていながら、患者には教えてあげない。他人事だから。

 

そういうエゴが当たり前にある人々にとっては、他人事のために走り回る山本太郎のような人は「余計なことをやる変な人」にしか見えないのだという。

この国では他人のために声を上げたり、権力者に物申したり、デモを行う人は「変な人」扱いされるのである。

「変なことやらないで、自分のこと考えた方がいいよ」という人は、自分が差別主義者でエゴ丸出しで生きていることを知らないし、興味もないようである。

そして、そういう冷たい人は、自民党など冷たい政党と波長が合う。それが、自民党が国民病のようになかなか撲滅しない理由でもある。

 

ロンドンのタヴィストック研究所は各国の社会心理学や集団ダイナミクスを研究し、洗脳やプロパガンダに応用している。

れいわ新選組も、まず、日本の民族特性を探る社会科学、臨床心理学研究から始めた方が良かったのではと思う。

 

汚染症候群

今週のお題「上半期ベスト◯◯」

マナティーも農薬付きレタスを食べてるのかな


上半期ベスト「顰蹙(ひんしゅく)をかうこと」を書いてみたい。

友人が言うには、鬱病の人は自分を鬱(うつ)と認めたがらないという。カラ元気な鬱病の人もいるらしい。また、アレルギーでもアレルギーと認めたがらない人が結構いるという。認知症も同じ。

我われは通常思考にバイアスや思い込みがあるから、程度の差はあれ、健常者に見えても、それぞれが軽い認知症と言えるのかもしれない。

 

政治家を見ていると、ほとんどが境界知能なのではないかと思える。

法を捻じ曲げたり、税金を踏み倒したり、悪だくみや金儲けに一生懸命だったり、平然とほら吹き、大嘘つきだったり、傍若無人がまかり通っている。

99%が境界知能なので、1%のまともな政治家が逆にはみ出し者になってしまうのである。(国会は中華街になっているという説もある)

 

政治家だけでなく、我々もおかしくなっている。

境界知能の政治家たちを境界知能と判断できなくなっている。

原発事故があったのに再稼働を許したり、意味不明で曖昧な歴史教育を受け入れたり、医者や役人やマスメディアの言うことを鵜呑みにして踊らされたり。

 

農産物や水が年々汚染され、空にはケムトレイルが撒かれ、薬品を過剰摂取させられ、空気だけでなく食べ物や飲み物を通じて、我々の身体は意図的に汚染され、どんどん鈍感に、頭も気力も働かなくなっているようである。

支配する側からすれば、馬鹿ほど扱いやすいからだろう。

まずは自分が汚染されていることに気づき、「汚染症」を認めることが肝要ではないだろうか。

自分をコントロールするのは自分だけ。誰からも支配されないようにしたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

国連のキャッチセールス

今週のお題「最近変えたこと・変わったこと」

我われは踊らされている

変わった風景を見た。

先日、那覇の旭橋駅前とデパートりうぼうの前で国連難民高等弁務官事務所を名乗る人がキャッチセールスをしていたのである。

狭い通路でキャッチに立ちふさがれたら、気の弱い人だったら立ち止まってしまうだろう。止まったら最後、国連の思うツボである。

「何だこれ?」と、モノ好きな友人が取材を兼ねて応じたところ、目的は案の定、募金の依頼であった。

 

国連はロックフェラーが作っているし、金ならそっちの方が腐るほど持っているだろう。そもそも難民を生産、増産しているのはロックフェラーなど金融資本家、軍事産業などイルミナティグループなわけだ。

「そんな茶番に何で庶民が金を出さなあかん?」と友人がキャッチセールスレディに突っ込むと、彼女は「私は名古屋から来た派遣社員で、来たばかりなので、ロックフェラーとか言われても何も知りませんので」と答えた。

国連は民間企業に業務委託して募金活動をしているのだ。名古屋とか福岡とかからわざわざ遠い沖縄に派遣されて、莫大な経費を使って募金活動をしている。

調べてみたら、国連は訪問募金セールスもしているという!!

なにかおかしくないか?

東日本大震災の募金活動を、政府が民間企業に委託して行なっていたら大問題になるだろう。同じような構図である。

 

「募金しないなら帰ってください、忙しいので」と友人は言われた。

ユニセフだの赤十字だの、イルミナティはとにかく庶民から金をだまし取り、巻き上げたいらしい。

寄付を募るNGOなどには、しっかり身元調査をしてから応じよう。

大きな名のある団体だからと迂闊に信用してはならない。大きい大胆な嘘ほど、我々は騙されてきたのであるから。

 

 

失敗は薬味である

今週のお題「薬味」

ソーセージノキ       熱帯ドリームセンター

ベランダで紫蘇、バジル、ローズマリー、ミントなどハーブの鉢植えを育てている。

ハーブは虫が付きにくく、料理に使えるので、必要な時にちょっと摘める自家製ハーブは重宝している。

肉や魚を焼いても、サラダでも、ハーブをちょこっと載せるだけで、いつもの一皿がレストラン風に変身。味わいもよそ行きになる。

料理に合わないハーブを入れすぎて失敗したなと思うこともある。

が、これも経験。次回からは量を調節したり、相性の良し悪しを検討する。

 

料理の失敗ぐらいなら諦めやすいが、ちょっと取返しのつかない失敗をやらかすこともあるのが人生。

自分が人間でいること、物質として生きていることのメリットって何だろうと考えた時、「失敗できたこと」ではないかと思う。

生身の肉体を持たなければ、失敗も悲哀も経験できないだろう。

人間だからこそ味わえることが、こうした薬味みたいな感情ではないだろうか。

我われは宇宙に代わって、感情を体験し、蓄積し、放出する生物なのかもしれない。

 

 

 

聖書もでっち上げ!?

今週のお題「こだわりの道具」

ダイナソーサファリ   ジャングリア

知識は道具であると思うが、外から仕入れた知識には気を付けた方がよい。

宗教でも科学でも、「絶対真実」は無いと思った方がよいのでは。

 

デビッド・アイクの「竜であり蛇であるわれらが神々」の上巻(徳間書店)を読んだ。

超太古の時代から、地球には何種類かの高度な文明を持つ異星人が来ていた。彼らはアトランティス大陸、ムー大陸に文明を構築した。

最期にレプティリアン(爬虫類人)型の異星人(アヌンナキ)が地球に定着して秘密結社を作り、遺伝子操作によって地球原住民を彼らの奴隷、もしくは家畜人間として使役したという。

(※レプティリアンと地球産の爬虫類とはまったく異質の生物である)

 

アトランティス文明の根本原理はすべてはひとつという「一者の法則」であり、それに敵対するレプティリアンの宗教は万物を分断分裂させる系統である。

西暦391年、レプティリアンのエージェントであるキリスト教ローマ法王庁がアレキサンドリアの大図書館を破壊し、アトランティスについて記述した「10万年以上にわたる人類の真の歴史」と呼ばれる文書はじめ他の数千の書物とともに破棄。

代わりに世界中の古代伝説を集めて旧・新約聖書をでっち上げ、改ざん、編集を繰り返しながら今日に至るというのである。

 

真実の歴史を隠蔽し、何十億という人々の心を生活を支配し、数千年もの間、世界の大半を隷属状態にしてきた三大宗教=キリスト教、イスラム教、ユダヤ教。

厳格な宗教をでっち上げ、彼らのいう「真理」「神」を信じなければ地獄に堕ちると脅す。

 

しかし、聖パウロもイエスも「新約聖書に書かれた以外には、その痕跡や記録は一切見当たらない。イエスが生きたと思われる時代のイスラエル(パレスチナ)での出来事の記録はあるが、著者の誰一人イエスには言及していない。

新約聖書はローマの貴族ピソ家の創作物だったという説がある。ピソ家はレプティリアンの血流だという。

 

レプティリアンと地球原人は混血を繰り返し、イルミナティ悪魔的秘密結社の中核体を作り、レプの血が濃い人ほど世界権力の頂点に立つ。

この血統によって精神的に制圧され、支配される地球人、さらにその下に家畜人として飼育管理される一般人、という図式ができる。

 

にわかには信じがたい話だし、これもデビッド・アイクからの「知識」である。

しかし、世の中の流れや様々な異常現象、異常事態、我々の劣化ぶりを観察していると、腑に落ちるところもある。

聖書を読んでいても、なぜ神が血生臭い生贄を要求するのか、人間には理不尽なことを言い出すのか、まったく不明であった。が、この「神」がレプだというなら、異常な話もすんなり理解できる。

 

信じられるのは自分だけ。何が真実といって、自分の存在こそが真実なのである。

自分を信じて、大切に磨いていこう。