今週のお題「わたし○○部でした」
1903年の大阪・第五回勧業博覧会の会場近くで「学術人類館」と称して、なんと人間が展示されたことがありました。アイヌ人、台湾人、インド人、ザンジバル人ら26名の中に沖縄人も2名「展示」されていました。
学術的な催しということで正当性を獲得したとされていますが、生身の人間を引っ張りだして、動物園のように「展示」する感覚に驚きます。
琉球新報の太田朝敷はこれに怒り、「琉球人をアイヌ人や台湾人と同一視するな」といって、差別された者がまた差別するという構図をさらけ出しました。
沖縄の人々が本土へ出稼ぎが本格化した1920年代以降1960年代まで、求人の張り紙や賃貸物件には「職工募集/間貸し、ただし琉球人・朝鮮人お断り」と書かれていたそうです。
本当に、我々は差別(区別)するのが習性というか、好きですよね。
そもそも物質から成り立つ社会では、物を区別・識別しないと生活できないわけですから、それが悪いとはいえません。が、そこに勝手に人工的な価値をつけたり損ねたりするように誘導されたり洗脳されたりしています。
「未開」から「文明」へと進む社会的ダーウィニズムが説得力を持ち、西洋社会は自らの「文明」を誇る自画自賛の博覧会流行り。「文明」と「野蛮」のコントラストを演出することによって、先住民族の価値を下げ、その文化の奥義を知りもせず軽蔑する世界的潮流を作り出してきたわけです。
自分が何を差別しているのか。それは差別なのか、区別なのか。はたと立ち止まって考えたいものです。